2026年ミラノ・コルティナ五輪。
ショートプログラム5位からの大逆転で金メダルを獲得した「りくりゅう」こと三浦璃来選手と木原龍一選手。
日本中が歓喜に沸いたあの瞬間の裏には、一人の少女の勇気が起こした「奇跡の逆転劇」がありました。
実は、ペア結成前の木原選手は、度重なる怪我により「引退」を覚悟し、スケートリンクでアルバイト生活を送っていたのです。
なぜ彼は再びリンクに戻り、世界の頂点に立つことができたのか?
二人の出会いの舞台裏にある、ドラマのような馴れ初めエピソードをご紹介します。
木原龍一の引退危機!スケートリンクでのバイト生活と就職準備
2019年4月、前パートナーとのペアを解消した木原龍一選手は、どん底の淵にいました。
脳震盪などの怪我にも苦しみ、心身ともに限界を迎えていた彼は、静かに競技生活に幕を閉じようとしていたのです。
当時、地元の愛知県にある「邦和みなとスポーツ&カルチャー」で彼がしていたのは、スケート選手としてではなく「スタッフ」としての仕事でした。
- スケート靴の研磨
- 受付業務
- 就職活動の準備
スケートから離れ、社会人としての第一歩を踏み出そうとしていた木原選手。
しかし、そんな彼の元に、運命を変える一通の連絡が届きます。
りくりゅう出会いはいつどこで?
木原選手の才能を誰よりも信じ、熱烈にアプローチをしたのが当時17歳の三浦璃来選手でした。
彼女は木原選手がバイトをしていたスケートリンクへ直接、トライアウト(お試し)の打診を入れたのです。
最初は「もう引退するつもりだから」と渋っていた木原選手でしたが、周囲の勧めもあり「一度だけ」という条件で承諾。
そして2019年7月、バイト先でもある名古屋のリンクで二人は初めて一緒に滑りました。
その瞬間、木原選手に「雷が落ちた」ような衝撃が走ります。
三浦選手を投げ上げた瞬間の驚くべき高さと滞空時間。
「言葉では言い表せない相性」
この直感が、木原選手に引退を撤回させ、伝説の「りくりゅう」ペアが誕生するきっかけとなったのです。
ミラノ五輪金メダル!「あの時声をかけなければ」今の二人はいない
結成から7年後の2026年、二人はミラノの地で世界の頂点に立ちました。
三浦選手が金メダル確定の瞬間に口にした「龍一くんに巡り合えたのは奇跡」という言葉。
もしあの時、17歳の三浦選手がバイト先のリンクへ声をかけていなければ。
もし木原選手が「一度だけ」の誘いを断っていなければ。
今の金メダリスト「りくりゅう」は存在していなかったと言われています。
受付や靴の研磨をしていた青年が、一人の少女に導かれ、7年後に日本中を熱狂させる金メダリストになる。
事実は小説よりも奇なり、を地で行くような最高の出会いでした。
まとめ:りくりゅうの出会いは「勇気」と「直感」が生んだキセキ
今回は、りくりゅうの出会いの舞台裏と、木原選手の引退危機を救ったエピソードについてまとめました。
スケートリンクのバイト先で受けた一本の打診。それが、日本フィギュア史上初の金メダルへと繋がる第一歩でした。
お互いを信じ、支え合ってきた二人の絆は、これからも多くの人に勇気を与え続けることでしょう。
感動をありがとう、りくりゅう!

